Sayaca 

Writing 「書く」 ということ

インターネットの普及により、色々なことが便利になり、色々なことが短縮化、簡易化され、それはそれで素晴らしい点も沢山あり、もちろん私自身もその恩恵にあずかっていますが、一方で、自分の考えを長い文章で書く、または相手に伝える、という機会が、最近、格段に減っているような気がします。

「了解」「ありがとう」「遅れます」「大好き」など、テキストメッセージやイラストで送る便利さ、楽しさは、私も親しい友人達、家族間で経験していますが、自分の考えを、自分の選んだ言葉でまとめて文章化する(=思考の明確化)という機会が、特に最近極端に減っていることに、ちょっぴり懸念を抱いてしまうのです。

以前は、長文での意見交換(例えばライヴやお芝居の感想等)を、周りの人とすること等が、もっと盛んに行われていたように思うのですが、今は近くにいる人と感想を共有するよりも、まずはその場の写真を撮り、それをいかに早くアップデートするか、ということにこだわる人が増えていると思いますし、何かの感想でも、「すごい」「かわいい」「おいしい」と言った短い形容詞、または、その場所にいる、何かを食べている、という事実のみを発信し、それに対して、「いいね」の一言反応、というスタイルのコミュニケーションのあり方が、より文章の短縮化を加速させてしまっているのではないかと思います(SNSを完全否定しているわけではなく、あくまでも「書く」ということを中心に考えてみた場合の話です)。

このことに無意識に危機感を感じていたからこそ、誰と会ってどこに行って何を食べた、という話題ではなく、読んで頂く方に、小さなことでも何か役に立つ情報、または必ずしも同意して頂かなくても(オプションとして追加できる like/いいね ボタン等もあえて外しました) 、そのことについて考えるきっかけとなるような内容を選んでいきたいという思いでこのブログを始めましたし、これからもできるだけ(時にはたわいないことを書く時もあるかもしれませんが...)そうしていきたいと思っています。

ただ文章が長ければいい、という訳では決してないのですが、外部から発信される情報が溢れかえっている現代、自分にとって必要なものをいかに上手に拾いあげ、その他を遮断するか、というテーマと共に、自分の内面から涌き上がってくる感情や考え(それが決して美しく良いことでなくても)を無視せずにすくいあげ、それを自分の選んだ言葉で表現し、内容によっては共有、発信する、ということも、自らの個性を見失うことなく、人が人として人間らしく生きていく上で、大切なことなのでは、と思う今日この頃なのです。

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